映画の歴史。

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      映画は、その昔、活動写真と呼ばれていた通り、人が生み出した動く映像
    装置だった。
     最初に作った人はトーマス・エジソン。
    Kinetophoneと呼ばれた暗室の箱の中にフィルムが入っていて、その中を覗
    く形で観る事が出来た。 1895年の事である。

     映写機の原型になったのは、それから約20年程経った1914年頃、Kineto
    scopeと呼ばれた機械が開発される。
     もちろん当時は音と同期が取れた物では無く、蓄音機による音楽や音声と
    一緒に楽しんでいた。


    音の同期。

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      音と映像が同期したのは、そこから更に10数年後になる。


       
      WarnerBrosの「DonJuan」という作品でVitaphoneというシステムが採用
      された。
      StollerとPfanstiehlというおっちゃん達が開発した。
      トーキー映画の始まりである。(トーキーなんて言っても昔の人でも分からない
      と思うが、活動写真の弁士すなわち活弁士がステージや舞台袖に立ち、写真に
      合わせてストーリーをアナウンスするという形で当時は上映されていた。
      映像と音が同期して製作出来るというのは、夢のような話だったんだと思う。私も
      知らないが・・・)
      トーキー映画初というと、「JazzSinger」なのでは?!と言われるが、それには、
      このシステムが使い物にならなかった事が挙げられる。

      理由は次回に・・・。

      余談をもう一つ、チャールズ・チャップリンはパントマイムの無声映画にこだわった
      が、実はトーキー嫌いだった訳では無く、活弁士の仕事が無くなるのを憂いたとも
      伝えられている。
       完璧主義のチャップリンはトーキー部分に数多くの音楽を入れて発表した。
      当時はJBLの前身Lansingというスピーカが音楽再生には向いていると風潮して
      回ったとも伝えられている。

      Vitaphone。

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        何故このVitaphoneというシステムが使い物にならなかったかだが、同期する
        信号がフィルムに入っていて、なんと裏ではレコード盤が回っていた。
         当時はダイヤモンド針(と言っても分からない人が多いと思うが)というような
        高性能な針があった訳ではない為、レコード自体の耐久性能が著しく低かった。
         システムが高価で複雑。 尚且つトラブルが多いと来れば、普及するハズが
        無かった。 しかしながら、レコード盤の改善を進めて、音楽を題材にした映画
        「JazzSinger」が、このシステムで上映され一躍トーキーの世界が広がる。

         ただ、このVitaphoneという考え方は現在のDTSシステムと全く同じで昔の人
        を侮ってはならない。


        映画館のスピーカ1。

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           システムの話から、いきなり私の得意分野であるスピーカの話へ・・・。

          チャップリンの話でも少し触れたが、映画館に入っているスピーカも年々技術
          進歩する事で変わって来ている。

          今でこそシネコンやらの登場で、音響システムに多少お金を掛けてい る映画
          館が増えて来たが、最近までセンタースピーカ1本だけの劇場も少なくは無か
          った。
           そう! 昔の映画館は活弁士の声が一応劇場全体で聞こえていれば良かっ
          たからである。
           なので、劇場の音響用スピーカはセンター1本から始まる。
          上の写真がフルレンジのホーン(スピーカのラッパ)である。
          低い音からある程度高音までカバーする為に、まさしく大きい。

           トーキー出現に伴い、音楽再生をする為にセンター1本から、左右のスピーカ
          がプラスされフロントが3chとなる。(今でも特殊なフォーマット以外は、この3ch
          は変わらない)

           そこからはドルビー研究所さまの恩恵に伴い、サラウンドやバックchが追加さ
          れ現在に至っている。

           ドルビー研究所さまが、どう関わっているのか?というと、簡単には2トラックの
          音声チャンネルに、いかに多くの独立したチャンネルを作り出す事が出来るのか
          ?を研究されているのである。
           すなわち、記録されているのは2チャンネルなのに、ドルビーを通すと6chの出
          力が取り出せるのである。 これがドルビープロロジックでありドルビーデジタル
          になると、独立したchが記録再生されている事になるので、似て非なる物である。
           ただ、この技術がドルビー研究所さんの特許であり、映画の音声に於ける強い
          影響力を示し続けている理由である。(録音から関わらないと成立しない技術で
          ある為)


          映画館のスピーカ2。

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             この15Aという「ROXY」ホーンには、WesternElectricの555というコンプレ
            ッションドライバー(早い話スピーカの音を出す部分)が搭載されていた。
             アメリカでは当時最大級な電機メーカーが、WesternElectric。

             このブランド名が出て来たので余談を一つ。

             当時、Lansingという名前でスピーカを作っていたJBLさん。
            James Bullough Lansingが正しい名前なんですが、本名James Martiniさ
            んです。(James以外は何も合ってないです 笑)
             Bulloughは幼少期、お世話になった叔父様のミドルネームを付けて、最後
            のLansingは、どこかの都市の名前で、響きが気に入って自分の名前にした
            のでは?と伝えられています。

             このJBLさんの評判を聞いたWesternElectric社が、当時メンテナンスを専
            門に請け負っていた同系会社、ALL Technical Serviceという会社に引き抜き
            オールテクニカルを略してアルテック、それにランシングさんの名前を付けて、
            あの有名な「ALTEC-LANSING」となります。 (古い話なので、解釈は人それ
            ぞれに違います。間違っていたらゴメンナサイ)

             アルテックとJBLは親戚だ!?とか言う人もいますが、実は同一人物なの
            です。



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